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「オープン合気道講座」レポート

今回は参加者自身が普段の稽古で感じている「難しい課題」や「答えの見えない部分」に関して、櫻井師範が個人の見解を元にその答えに近づく方法論を提示してくれるという、稽古者に寄り添った形のものとなった。

個々人の疑問に丁寧に答えてゆくというスタイルは、非常に珍しい優しいと言っても良いスタイルであったが、その実、それは非常に厳しく難しいものであった。とにかく「出来ない事」ばかりに直面してしまうのが厄介である。
合気道S.A.における合気道的な力は何か?その鍛え方はどうやるのか。
足を一歩前に出すための最初のエネルギーは何か?
体捌きで避ける形ではなく、相手を誘っておいて捌くというのはどうしたらいいのか?

質問者にとっては切実かつ具体的な質問だが、傍から聞く分には抽象的かつわかりにくい質問に対して、櫻井師範は一つ一つ丁寧に答えてゆく。
そして全ては一つの理論にまとまるようにしていかないと難しいという。というのも、全ての物事に対してそれぞれの解決法をやっていくとなると、見たことない技に対してはなんともならないということになったり、余りにも対処療法すぎて根本的なものがないまま技術や知識をとにかくたくさん憶えておかなければならないということになりやすいからであると。

合気道は武術であり、武術はどうしてもその性質上、刹那的な決着を求められやすい。
相手が襲い掛かってきた時に、
「突然見知らぬ人が走ってきて右足を踏み込んで右腕を振り回してきた。右手には何か持っていて、もしかしたら武器かもしれないしそうじゃないかもしれない、走りこんできているからそのまま勢いで押し倒されて右手の武器でやられるかもしれない」
というように理路整然した文章的な理解はおぼつかない。

そんなことをいちいち考えるのではなく、自分の身体が出せる最善のポテンシャルを利用して危機から脱する必要があるのは間違いない。その自分の身体が武術的な力をもっていながら最善のポテンシャルを発揮できたとしたら、もしかしたら動いただけで相手は地面に倒れているというところまで持って行ける可能性があるのだ。
櫻井師範はよく、腰に手を当てる、足を一歩前に出す、後ろ足を張る……結局その辺は全て同じところから力をださなければ意味がないと言う。そしてその力の源は、背中や足腰、中心線や丹田といったところとは異なるという。各人の中に核となる部分があり、そこが動くと全身が一気に動くという部分を見つけ出す(作りだす?)というのが重要なのだと櫻井師範は語ってくれた。
ご自身の感覚としては、あえて言葉にするならそこをギアみたいに捉えていると語ってくれたのが印象的だった。

抽象的と言えば抽象的だが、稽古者の抽象的な質問に対して真剣に受け答えをしてくれた上、さらにご自身の感覚をあえて具体的な言葉にしてくださった事に感謝したい。

講座の終わり際、櫻井師範はいつも通りこう語る。
あくまでこれは今の私の感覚です。もしかしたら変わってしまうかもしれないし、変わらないかもしれない。でも稽古してると大抵変わります。私は稽古し続けているので、変わっていくでしょうが現段階で言えることを皆さんにお伝えしました。ちなみに変わったら今までやってきたことは無駄になるということはありません。やってきたから変わる事もできる。ちゃんとやってなかったら変わる事も出来ませんから。10年後の自分の成長を楽しみに、丁寧に稽古を続けていきましょう。

ありがたくも気が引き締まる言葉である。

<合気道S.A. 広報部>
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国際実践合気道連盟「合気道S.A.」