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他流派参加者歓迎
合気道技を自由攻防の中で使うための講習会
「合気道組手講習会」レポート
【講習内容】
 テーマ1「約束事でない本当の合気道技の研究」
 テーマ2「合気道技の多角的技法の研究」
 テーマ3「連続する合気道技の研究」

【講評】
令和元年10月13日、合気道S.A.の合気道組手講習会が東京都立川市近郊で行われた。

本来であれば合気道の技を用いての自由攻防組手の大会を行うのが常であったが、今回はいつも大会に出場する選手の一部や、普段は試合に出場しない指導員などを交えて櫻井師範が理想とする組手の方法が改めて提示された。

結論から言ってしまえば、膠着して力比べになってしまったり、打撃で崩しておいてそこを…と手順を多く含むような技法はどうしてもパワーとスピードの世界の勝負にしかならない。
どうしても武術の世界は一瞬の勝負で決着がついてしまうものだから、理想としては対戦者同士が接触した瞬間に技が決まっている状態になっていなければならないという。

櫻井師範は常日頃から、合気道S.A.における「試合」はあくまで技の追究の一つの側面なのだから、選手同士のパワーとスピードの単なる競い合いになってしまったり、自分の体勢まで崩すような奇襲技などをかけてもつれ、ルールで分かれとすることを良しとしていない。
あくまで合気道技を用いての自由攻防の中で技術の向上を目指そうとしているのだ。

技を掛けに行くということはそれだけのリスクを背負って行動を起こす事である。
相手の行動に対して行動を起こす「後の先」を狙うだけというのは相対的に消極的な行動となる。
だからこそ自分から行動して相手に積極的に技を掛けに行く、というのが評価されるべきというのが合気道S.A.の試合における価値観となっている。
しかし、自分から積極的に行動して接触し、技を掛けるとなるとそう簡単にはいかない。
対戦者同士が接触した瞬間、という部分ひとつをとっても難しい側面はいくつも存在する。
お互いが技を掛け合おうという狙いを持ったままの接触と、片方は掛ける気だが片方は最初から逃げる(もしくは返す)気での接触は全く異なる。
傍目からはわかりにくいが接触した者同士にとってはそこに明確な差が存在してしまうのだ。

相手が技を掛けにくる、受けようとする、返そうとする、といった動きをする相手には技が型通りと言ってもいいほど明確に「その技の形」となるのに、逃げようとする相手には違う形に決まってしまって身動きとれなくなり前転して逃げるというような形となりやすいというところである。
そしてそうなっている相手はそもそも自分にとって脅威ではないわけだから、実はもう戦いとしては終わっている状態なのだ。

今回の講習会でやった技は、小手返し、四カ条、上段腕がらみ、側面入り身投げ、三カ条、一カ条、下段腕がらみ、二カ条。
上記の技に加えて連携技・連続技を複数、その全ての技において櫻井師範は瞬時に掛けるための方法やコツを解説を交えながら実際に掛けてみせていった。

試合で何度も優勝している選手であっても、大きな選手でも小さな選手でも変わらず、相手に触れつつ側面に一歩踏み込んでいるだけのようなのに相手が妙な崩れ方をする。
普段櫻井師範の指導している本部で稽古をしていない選手たちにとっても新鮮だったようで、櫻井師範にほぼ全員がかけて貰うことで、自分たちが頭で理解していると思っていた技を、身体で認識し、各々アップデートして持ち帰ることが出来たと思う。

興味深いのは、参加者が櫻井師範の技を受けたことで自分たちも櫻井師範のようにいきなり相手に瞬時に掛けられるかどうかを試し始めた事。
講習会のスタート時と比べると、全員が接触してから技に入るまでの速度や正確性、接触の柔らかさといった全体的な動きを大きく変化させている。
身体の大きさもそれまでの積み重ねも関係なく、皆が櫻井師範の技の方向を目指す動きをし始めたのだ。
百聞は一見に如かず、百閒は一触に如かずとの言葉通りの結果となった。
櫻井師範に言わせれば、

「自分の末端の力」で「相手の末端の力」にアクセスすると、相手は崩れない(バレやすい)。
「自分の末端の力」で「相手の核たる力」にアクセスすると、相手は抵抗する(バレやすい)。
「自分の核たる力」で「相手の核たる力」にアクセスすると、相手と一体化しやすい(バレにくい)。

「末端」とは手足を中心とした力であり「核」とは身体全体を動かす力の源となる力、と定義できる。
合気道SAの稽古をしていない人間であっても、転びそうになった際に身体を戻す時や何かに驚いた時にパッと身体を動かす時などに瞬間的に力が入る場所なども「核」といってよいと思われる。
その核たる力で相手の核を捉える事が出来れば、相手の中心をいきなり崩すことが出来るため、人間の反応に勝つことが出来る可能性が出てくるが、中心を崩せないとそこ以外の弱そうなところを崩そうという動きとなってしまう。
櫻井師範はそれを「相手から逃げてる」と表現する。
相手の中心、相手の核に自分の中心、自分の核となる力をブチ込むことで初めて勝負になるのだという。

そう言葉にする櫻井師範に技を掛けられてみると、痛くもキツくも苦しくもない。
ただ、立っていられない状態に瞬間的にさせられてしまう。
もちろん合気道を何年もやっている者などでないと受け身も満足にとれない、非常に厳しい技も櫻井師範は何度も見せてくれているし、実際に厳しい技を受け損ねてダメージを受けたこともある。
しかし今の櫻井師範の技であれば、合気道はおろか武道をやったことがない人間であっても怪我無く受け続けさせる事が出来るだろう。

重いようでは駄目だと櫻井師範は良く口にする。
確かに櫻井師範の技を受けてみると、重さを感じる事はない。
ただ単に、いつも使っているハズの自分の身体の力を全然使う事が出来ず、櫻井師範の動きだけが行われてスムーズに倒されてしまうという印象となる。
技が重いと良く言われていたのは櫻井師範の師匠であった故・塩田先生。
師匠の事を考え抜いて、師匠の技を超えられるように努力し続けているからこそ、櫻井師範は未だに進化し続けている。
余談だが、合気道S.A.の指導者の一人にウイングスーツのギネス記録保持者がいる。
ほぼ生身で上空何千メートルもの場所を飛行する際の感覚の話の中で面白いものがあった。

飛行機から飛び降りたら自分の中心(核)みたいなものを瞬間的に作り、そこを中心に自分の身体を空気にひょいと覆いかぶさるようにするのだと。
そうすれば手足を動かしてもさほど動くことはないし、首を傾けてもまっすぐ飛べるらしい。
それが理解できない者は、首を傾ける、手を曲げるという動作で数十メートル横に流れてしまったり、下手をすると回転してしまってとても自在に飛行など出来ないという。
だから合気道S.A.で核を意識して全ての動きを作ると櫻井師範に言われて感動したと言っていた。
同時に、空中で核を意識する方が簡単かもしれない…とも。

<合気道S.A. 広報部>
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国際実践合気道連盟「合気道S.A.」